2006年2月 5日 (日)

プログラムが初めて動いた時,涙が止まらなかった

今年も卒業研究会の発表会を迎えた.私の研究室では14名の4年生が発表した.その中に,Eclipseというソフトウェアの基盤環境をテーマとして取り組んだIさんとOさんの二人の女子学生チームがいた.

Eclipseは,プラグインと呼ぶソフトウェアの部品をその中に組み込むことができる基盤ソフトウェアである.だが,機能追加などのために,Eclipseが変更されると,そこにソフトウェア部品を組み込むインタフェースも変更されることがある.インタフェースに変更があると,ソフトウェア部品が組み込めなくなり.動かなくなる.動くかどうかは,実際にソフトウェア部品を組み込んで動かしてみないと分らない.そこで,二人は,ソフトウェアを動かさなくてインタフェースの変更や動作するかどうかを知る方法をテーマに研究した.

Eclipseは,大変注目されているので,書店にはEclipseに関する書籍がたくさん並んでいる.しかし,そのどれもが,Eclipseの使い方の,いわば,「ハウツー本」である.海外で出版されている,英語の本もほとんどもそうである.調べてみると,Eclipseの内部構造,いわゆるソフトウェアアーキテクチャやその変更について書かれた書物や論文は驚くほど少ないことが分った.

さいわい,Eclipseのプログラムはオープンソースとして公開されている.二人は,数少ない文献に加え,実際にEclipseJavaプログラムを読んで,分析を進めた.だが,この方法は,大変時間がかかり,困難であっただろう.指導する私も,実は,かなり心配した.

二人は大学に,時には泊り込んだりして,粘り強く取り組んだ.同じ高校の出身で,とても仲良しだったこともプラスに働いたと思う.Eclipseの分析の成果として,二つの異なるEclipseのインタフェースの違いを分析し,目に見えるようにするツールをJavaで作成することにした.これも,なかなか難しいところがあり,大学院の学生に相談しながらプログラムを作った.

その努力が実って,とうとう,動くようになるまでに漕ぎ着けた.その日,最後の手直しをして,とうとう,プログラムが動いた.やがて,Oさんの目に涙があふれた.つられて,Iさんの方の目にも.Oさんはトイレに駆け込んで,しばらくして,戻ってきた.そして,また,涙があふれて...

その時,私は部屋にいなかったので,これは,卒論発表会後の打ち上げで,知ったことである.

私も,初めてプログラムを作ったのは高校生の年代であったので,もう30年以上も前だ.だが,私を含め,この分野で働いている多くの人は最初にプログラムが動いたときの感激を忘れがたいだろう.その感動が,私をソフトウェアに向かわせ,その後,30年余りにわたってソフトウェア工学を仕事に続ける力になっている.

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